大阪高等裁判所 昭和61年(行ス)12号 決定 1986年7月18日
抗告人(原審相手方)
大阪入国管理局
主任審査官
長谷川清
右指定代理人
松山恒昭
外七名
相手方(原審申立人)
高棋奉
相手方(同)
金淑子
相手方(同)
高誠健
相手方(同)
高在鐘
右相手方高誠健、同高在鐘、
法定代理人親権者父
高棋奉
母
金淑子
右相手方四名代理人弁護士
森博行
主文
一 原決定主文第一項を取り消す。
二 相手方らの本件各申立て中、抗告人が相手方らに対し昭和六一年二月二〇日付で発付した退去強制令書に基づく各執行のうち、送還部分の執行を、本案(大阪地方裁判所昭和六一年(行ワ)第一五号)の第一審判決言渡しまで停止を求める部分をいずれも却下する。
三 本件申立及び抗告費用は相手方らの負担とする。
理由
一本件抗告の趣旨は主文同旨の決定を求めるというにあり、その理由は別紙(一)、(二)のとおりであり、これに対する相手方らの反論及び本件執行停止申立ての理由は別紙(三)ないし(五)記載のとおりである。
二当裁判所の判断
1 本件において疏明される事実関係は以下に付加する外原決定理由二1及び2のとおりであるからこれを引用する。
(一) 原決定二枚目裏一行目の「一件記録によると」の次に「別紙(二)第二どおりの手続を経て」を加え、同六行目の「同日」の次に「帰国のための家事整理の必要性を考慮し」を、同三枚目表一一行目の「本邦に」の次に「行くことを決意し母の賛同をえて同女より密航世話人との交渉等の手配、密航料金の出捐をえて、有効な旅券又は乗員手帳を所持せず他の密入国者と共に船舶で本邦に」を、同裏一三行目「本邦に」の次に「行くことを母より勧められ、同女より密航の手配と密航料金の出捐をえて、密航世話人に預けられ、前同様有効な旅券等をもたずに他の密航者と共に船舶を乗りついで本邦に」を、各加える。
(二) 原決定五枚目裏一〇行目を以下のとおり訂正する。
「(五) 本件裁決当時申立人棋奉、同金、同誠健、同在鐘は家族として借家に居住し、いずれも健康体で本邦内には後記預金以外の特段の財産をもたず、また、扶養すべき係累もなかつたが、本国である韓国には、申立人棋奉は、母、姉、弟が、申立人金は父母、兄、弟、妹がおり、その成人に達した兄弟らはいずれも自活しており、右申立人夫婦は、結婚までは毎年親許に稼いだ収入の一部を送金していたが、結婚後は本邦に定住して家屋を買い求めるべく努め、約五〇〇万円の預金をもつに至つている。
以上のとおりの事実が一応認められ、右によれば、申立人棋奉、同金は法二四条一号に、同誠健、同在鐘はともに同条七号に該当することが明らかである。」
2 抗告人は本件裁決及び本件令書発付処分(以下両者を「本件両処分」という)の取消しを求める本件本案訴訟が「本案について理由がないとみえるとき」(行訴法第二五条第三項)にあたると主張するところ、相手方らは、退去強制処分の特性に照らし同条項を厳格に解し理由のないことが一見して明らかである場合に限るべきであると主張するが、同条項を右のように限定すべき理由は見出し難く、同条項は、行政庁の主張及び疏明責任のもとで、本案において原告が主張し、あるいは主張することとなる事情が法律上理由がないとみえ、または事実上の点について疏明がないときをいうと解すべきであるので、以下相手方ら主張の本件両処分の違法事由につき考える。
(一) 相手方らは本件両処分は相手方らが永年築き上げた本邦での生活を根底から破壊し、申立人らに測り知れない苦痛と損害を与えるものであるから、確立された国際法規である世界人権宣言第九条、市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「国際人権規約」という)第九条、第一三条、憲法前文、同第一三条に違反し、さらに、納得すべき理由の説示がないから憲法第三一条にも違反し違法である旨主張する。
ところで、国際慣習法上、国家は外国人を受け入れる義務を負うものではなく、特別の条約がない限り、外国人を自国内に受け入れるかどうか、また、これを受け入れる場合の条件、右の延長問題である不法入国者の退去の制度を当該国家が自由に決定することができるものとされ、世界人権宣言、国際人権規約、我国憲法もこの慣習法を前提とするものと解すべく、したがつて退去処分の手続、態様のみが右法規上の問題となるものである。そして、世界人権宣言は勧告にとどまり法的拘束力なく、憲法前文も、行政処分の効力にかかわる直接の裁判規範といえない。
つぎに前記疏明事実によれば、相手方らは、密入国が我国の法規により禁止され、発覚すれば、退去の強制をされるであろうことを知つた上で本邦に不法入国をしたものと推認でき、一〇年余の生活継続は法の目をかくれて来た偶発的結果に過ぎず、しかもそれは違法状態の継続であって本来法的保護を受ける筋合のものではなかつたものであるから、これが中断しても、当初から予測できた事柄であり、また受忍すべき結果ともいうことができるのであつて、右中断が申立人らに測り知れない苦痛と損害を与えるものとは到底認められず、本件両処分のもたらす結果から直ちに、右両処分が個人の尊厳、幸福追求権の尊重を趣旨とする憲法第一三条に違反するとはいえない。
法第五章、第一ないし第三節の人権保障規定を含む退去強制手続内容、それに対し行政訴訟、国家賠償請求が許される我が法制に照らせば、右法規定は身体の自由制限に対する適正手続を定める国際人権規約第九条(三項を除く)、及び本件とは類型を異にする合法的に入国した外国人追放の適正手続を定める同規約第一三条の各要求するところを十分にみたしており、そのいずれにも違反するとはいいがたい上に、一件記録によれば、相手方らは、右人権保障規定である口頭審理請求、異議申立を、本邦に在留したい理由に基づいてなし、右口頭審理における取調べにも立会つていることが疏明されるので、本件両処分は右各規約法条に違反するとはいえない。
本件裁決のなかでなされる法五〇条一項三号による特別在留の許否判断は後記のとおりの広範囲な政策裁量処分に属することに照らせば、その理由説示が憲法三一条の要求する適正手続にあたるとはいえず、本件裁決が同条に違反するとはいいがたい。
(二) 特別在留(以下「特在」という)不許可の裁量違法の主張について
本件裁決においてなされた特在不許可の判断は、法五〇条一項三号の「その他法務大臣が特別に在留を許可すべき事情があると認めるとき」につきなされたものであるが、右判断は、前記国際慣習法の一般原則に基づく法務大臣の自由裁量であつて、それは、当該外国人の個人的事情のみならず、国内の政治、経済、労働社会等の事情、国際情勢、外交関係、国際礼譲等を総合的にしんしやくして決定されるもので、その裁量の範囲が極めて広いものである。しかしながら、右裁量も無制限でないことはいうまでもなく、行政権の自由裁量の違法を争う訴訟でなされる通常の審理方法によつて、法務大臣の裁量権行使であることを前提として、裁量判断が、その基礎とされた重要な事実の誤認等により全く事実の基礎を欠くとき、又は事実に対する評価が明白に合理性を欠くこと等により、社会通念に照らし著るしく妥当性を欠くことが明らかなときは、いずれも裁量権の範囲を逸脱し、又は濫用として違法となるというべきである(最高裁昭和五三年一〇月四日大法廷判決民集三二巻七号一二二三頁参照)。
右観点に立つて考えるに、相手方らは別紙(三)ないし(五)主張事実に基づき人道上の見地に立ち、また、過去の特在許可実例による許可基準(行政先例)に照らせば、むしろ許可しないことこそ特段の事情を要する例外現象であるので、本件特在不許可は裁量権の範囲逸脱及び濫用である旨主張する。
まず、法務大臣への異議申出に対しなされた特在許可の過去の統計数字が、相手方ら主張どおりであることは一件記録により疏明されるところであるが、特在許可の法務大臣の裁量の前示特色に照らせば、特在許可は類型的処理になじまず、各事案毎に個別の裁量判断で決せられるものというべきであるから、右統計数値から直ちに、行政先例ないしは許可基準の存在を肯定することは到底できない。つぎに、本件裁決時以前の事情として相手方ら主張の全事情が認められ、なかんずく相手方らが他に不法目的をもたず、一〇年余まじめに生活し、日本人と全く同様の生活習慣を身につけ育つて来たり、自ら進んで不法入国を申告して出て、申告以後終始特在許可を切望しているとしても、他方、前示の不法入国発覚までの相手方らの本邦での生活の継続の法的性格、前示疏明の事実関係のうち、相手方らの本邦への密入国の目的その態様、不法入国までは本邦と殆んどかかわりがなく、扶養義務関係など親等の近い係累はすべて本国にいること、右疏明事実によれば、帰国しても既に蓄積した預金、右親族関係等により当分の生活維持にさしたる困難も予想されず、相手方誠健(三才余)同在鐘(一才余)も、従前同様に、本国で責少年時代を送つて来た父母である相手方棋奉、同金の膝下で養育されることにより本国の生活になじむのも容易であると推認されること等及び本件法務大臣の裁量範囲の広いことに照らせば、人道上の考慮をなしても、なお本件裁決のなかでなされた特在不許可の裁量判断が、全く事実の基礎を欠くとか、社会通念に照らし著るしく妥当性を欠くことが明らかということはできない。
(三) 相手方らは本案訴訟において、法務大臣に対し異議申出者の七割以上の者に特在許可が付与されている行政実態、夫婦ともに不法入国者であつても長期間本邦に在留し生活の基盤が確立している者に対しては特在許可が付与されていることが多いという行政先例の存在に照らすと本件裁決は、憲法第一四条、国際人権規約第二六条の平等原則に違反すると主張するが、前示のとおり特在許可の数値から直ちに行政先例の存在を肯定できず、右主張は前提を欠き失当である。
3 以上の次第で、相手方ら主張のように、本件裁決が違法であるとはいえず、本件令書発付処分は、異議を理由ない旨の裁決に基づき裁量の余地なく必ずなすべき処分であるから、同処分が違法であるということはできない。そして相手方ら主張のように本案訴訟において、特在許可の裁量処分の行政先例ないしは処理基準の存在の立証ができるものとは到底考えられないところである。
そうだとすると、本件は抗告人主張の「本案について理由がないとみえるとき」(行訴法第二五条第三項)にあたるものというべく双方のその余の主張につき考えるまでもなく執行停止をすることができないというべく、相手方らの本件令書発付処分のうち送還部分の各執行停止の申立てはいずれも失当で却下を免れないという外ない。
よつて、右と異なる原決定は失当であつて、本件抗告は理由があるから、原決定を取消し、本件令書発付処分のうち送還部分を本案の第一審判決言渡しまで停止を求める申立てを却下し、本件申立て及び抗告費用を各相手方らに負担させることとして主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官首藤武兵 裁判官奥輝雄 裁判官杉本昭一)
別紙(一) 抗告の理由
原決定は、本件退去強制令書(以下「退令」という。)に基づく執行をその送還部分に限り本案の第一審判決言渡しまで停止する旨の決定を行つたものであるが、右決定は、退令に基づく執行を停止したことにおいて不当であるから容認し得ないものであり、抗告人は、抗告の理由として原審における意見書を援用するほか、次のとおり主張する。
一 原決定は、自由裁量処分に対する司法審査方式及び違法判断基準についての解釈を明らかに誤つたものであり、本件執行停止の申立ては、「本案について理由がないとみえるとき」に当たるものである。
1 国家は、条約等特別の取決めの存しない限り、外国人に対しその入国及び在留を許可するかどうかを自由に決することができ、その反面として、外国人は当該所属国以外の国家に対しては、入国及び在留の権利を有するものでなく、このことは国際慣習法上の大原則として認められているところである(意見書掲記の最高裁昭和三二年六月一九日判決・刑集一一巻六号一六六三ページ、東京高裁昭和三二年一〇月三〇日判決・行裁例集八巻一〇号一九三〇ページ、最高裁昭和三四年一一月一〇日判決・民集一三巻一二号一四九三ページ参照)。
我が国における出入国関係を規律する法としては出入国管理及び難民認定法(以下「法」という。)が存在するが、同法も右の国際慣習法を前提として定められているのであつて、その入国及び在留に関する処分は、原則として自由裁量処分であることは多言を要しない。
2 法五〇条所定の在留特別許可(以下「特在許可」という。)も法務大臣の自由裁量により決せられるものであることは、法の性格及び法五〇条の規定にも何らの制限が付せられていないことからして明らかであつて、この点は判例上も確立しているところである。
特に、特在許可は、外国人の出入国に関する処分であり、当該外国人の在留状況等の個人的事情のみならず、公安、衛生、労働事情等の国内事情及び国際情勢、外交政策等の対外的事情が総合的に考慮されるものであることから、同許可の裁量の範囲は極めて広範囲にわたることとなる。
また、特在許可は、退去強制事由に該当することが明らかであって、当然に本邦からの退去を強制されるべき者に対し、特に在留を認める処分であることから、他の一般の行政処分とは異なり恩恵的措置としての性格をも有していることを重視すべきである。
3 そして、右のような自由裁量行為の裁量権行使についての司法審査は、「一応、処分権限を与えられた行政庁の自由に任されているものであるから、裁判所は、右のような行為について裁量権の逸脱、濫用により違法となるかどうかを判断するにあたつては、処分をした行政庁と同一の立場に立つて当該具体的事案について裁量権の行使はいかにあるべきかを判断し、その判断の結果を行政庁の判断に置き代えて結論を出すことは許されず、あくまでも、それが行政庁の裁量権の行使としてされたものであることを前提として、その判断要素の選択や判断過程に著しく合理性を欠くところがないかどうかを判断すべきものであることは当然である。」(越山安久・最高裁判所判例解説民事編昭和五三年度四四五ページ)と解されており、これが確定した最高裁判例でもある(最高裁昭和五二年一二月二〇日第三小法廷判決・民集三一巻七号一二二五ページなど)。
右法理は、法五〇条一項三号の特在許可の付与に関する法務大臣の自由裁量行為の裁量権の行使についても当然に当てはまるものというべきである。すなわち、法が特在許可の付与を法務大臣の自由裁量に委ねることとした趣旨が、前述のとおり特在許可の許否を的確に判断するについて、多面的専門的知識を要し、かつ、政治的配慮もしなければならないとすることによるものであることからすると、その判断は、国内及び国外の情勢について通暁し、常に出入国管理の衝に当たる者の裁量に任せるのでなければ到底適切な結果を期待することができないからであり、それゆえ、裁判所が法務大臣の裁量権の行使としてなされた特在許可の許否の決定の適否を審査するに当たつては、法務大臣と同一の立場に立って右特在許可をすべきであつたかどうか又はいかなる処分を選択すべきであつたかについて判断するのではなく、法務大臣の第一次的な裁量判断が既に存在することを前提として、右判断が社会観念上著しく妥当性を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められるかどうかを判断すべきであるものというべく、しかして右逸脱、濫用したものと認められる場合でない限り、その裁量権の範囲内にあるものとして、違法とならないものというべきである。
4 また、特在許可の裁量権の範囲を考えてみるに、前述のとおり同許可は自由裁量処分であるから、この点だけを考慮するにしてもそれが裁量権の範囲の逸脱又はこれを濫用したとして違法との評価を受けることは稀であるといえるが、更に特在許可は、前述のとおり、その考慮されるべき対象自体が個々の外国人の個人的事情に加え国際情勢及び外交政策等の客観的事情等広い範囲に及んでおり、それに伴い右裁量の範囲も極めて広範囲にわたつていること、また特在許可自体恩恵的措置としての性格を有していることを併せ考えると、それが違法との評価を受けるのは、ますます限定的に解されることとなるのである。
この点に関連して最高裁昭和五三年一〇月四日大法廷判決(民集三二巻七号一二二三ページ・マクリーン最高裁判決)は、在留期間を一年とする上陸許可の証印を受けて本邦に上陸した当該原告がその後一年間の在留期間の更新を申請したところ、法務大臣は一二〇日間の在留期間の更新を許可したので、当該原告はその後更に一年間の在留期間の更新を申請したが、法務大臣は右更新を適当と認めるに足りる相当な理由があるものといえないとして右更新を許可しないとの処分をしたので、右処分の取消しを求めた事案であるが、右判決において最高裁は、出入国管理令(注、現在は法)二一条三項の法務大臣が外国人の在留期間の更新を許可するかどうかの裁量権について「裁判所は、法務大臣の右判断についてそれが違法となるかどうかを審理、判断するに当たつては、右判断が法務大臣の裁量権の行使としてされたものであることを前提として、その判断の基礎とされた重要な事実に誤認があること等により右判断が全く事実の基礎を欠くかどうか、又は事実に対する評価が明白に合理性を欠くこと等により右判断が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかであるかどうかについて審理し、それが認められる場合に限り右判断が裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつたものとして違法であるとすることができるものと解するのが相当である。」と判示している。
このような観点から法五〇条一項三号の法務大臣の特在許可の付与についての自由裁量権の範囲についてみてみると、外国人の在留期間の延長は憲法上保障されたものではないにしても、当該外国人は、当初適法に在留していた場合であり、また、在留期間更新の申請権も認められているのに対し、特在許可の付与が問題となるのは通常の場合、当初から違法に在留している不法入国者に関してであり、それらの者については特在許可の申請権も認められていないのであり、また、法文上も在留期間の更新について定めた法二一条三項は、「在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるときに限り、これを許可することができる。」とするのに対し法五〇条一項三号は、「特別に在留を許可すべき事情があると認めるとき」特別に許可することができると規定している。
このように、被処分者の権利・利益の点からみれば、在留期間更新の場合の外国人の方が特在許可の場合に比して法律上はより保護されており、また、法文上も在留期間の更新を認め得る場合について、特在許可を認め得る場合に比してより緩和して規定しているものということができることからすると、法務大臣の特在許可の付与についての自由裁量権の範囲は、在留期間の更新の場合の法務大臣の裁量権よりも広くそれゆえ裁判所の審査の及ぶ範囲は狭くなるというべきである。
そうすると、法務大臣の特在許可についての裁量権の行使が裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつたものとして違法となるのは、前記在留期間の更新に関する最高裁の示した基準より更に限定されることは明らかであるから、法務大臣の特在許可についての裁量権行使が違法となるかの判断に当たつては、最高裁昭和五三年一〇月四日大法廷判決の示した「法務大臣の判断が裁量権の行使としてされたものであることを前提とすること」「右判断の基礎とされた重要な事実に誤認があること等により右判断が全く事実の基礎を欠くかどうか」「事実に対する評価が明白に合理性を欠くこと等により右判断が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかであるかどうか」との基準を少なくとも違法となる最大限の場合として、それよりも限定して解釈すべきであると思料する。
5 被抗告人らは、本案訴訟において、平等原則に違反し、あるいは人道に反すること等を理由として特在許可を付与しなかつたことに裁量権の範囲を逸脱しないしそれを濫用した違法がある旨主張しているが、右各理由が自由裁量権の行使について、右のごとき違法の存することを首肯しめるに足るものでないことは主張自体からしても、また、疎明の結果からしても明らかであつて、この点は原審意見書第三の一ないし五において詳述したとおりである。
そもそも被抗告人高棋奉(以下、「被抗告人高」という。)は、本国で出生し、成育し、教育も本国で受けるなど出稼ぎ目的で昭和四九年二月に不法入国をする一八歳半ばすぎまでは本国内で生活を営んできた者であり、申立人金も同様に本国において出生し成育し、教育を受け、出稼ぎ目的で昭和四九年五月に不法入国をする一四歳すぎまでは本国内で生活を営んできた者である。右のとおり、被抗告人高及び同金は、本邦不法入国以前は本国で居住生活していた健康な男女であって労働能力は十分であることに加えて、被抗告人らの年齢や韓国・本邦での滞在中における生活実績に照らせば、被抗告人らは本国においてその生活を維持することに、さしたる困難は予想されない。
すなわち、被抗告人高は、健康な男子であるから、労働意欲をもつて生活にあたり真面目な努力をすれば、一家四人が韓国において十分に生活していくことができる筈である。もつとも、日韓両国の経済格差等を考えれば被抗告人らが韓国に送還された場合、現在維持している生活程度に変動をきたすかも知れないが、それは被抗告人ら全員が不法入国者あるいは不法残留者である以上やむを得ないことといわなければならない。また、被抗告人高及び同金は、我が国に不法入国して以来ヘップ(下履き)加工工員等として稼働し、相当の資産等を得るに至つているが、帰国に当たってはこれを換金して持ち帰ることが可能であるところ、右金額は日韓両国の貨幣価値の相違を考えれば、相当な額に達するものであり、これを被抗告人らの生活維持の資本とすることもできるのであつて、韓国における一家四人の生活に何ら不安はないというべきである。
また、被抗告人高、同金には被抗告人誠健らを除いて本邦にその扶養を必要とすべき係累は在住しておらず、むしろ本国には被抗告人高の母や姉、弟、同金の父、母、兄、妹、弟二名ら多数の親族が居住しているのであるから、被抗告人らのみが本国で生活できないとは考えられないところであり、また、本国においてこれらの者に対し必要な限り扶養の義務を尽くすべきである。
被抗告人誠健らは、いまだ幼児であり、被抗告人高及び同金を父母とし、その扶養を受けている者であるから父母とともに本国に帰国しても特別の支障が生ずるとは認められない。
そうすると、被抗告人高、同金について韓国へ送還することについて何ら非難される点は存しない以上、被抗告人らの韓国への送還が適法であることは明らかであるといわなければならない。
このような被抗告人らについての事実関係を前提として、前述の自由裁量行為についての司法審査方式及び特在許可の裁量権の範囲を適用すれば、本案訴訟が「本案について理由がないとみえるとき」に当たることは明らかである。
しかるに、原決定は、『……の認定事実に照らせば、法務大臣が、本件裁決に当たつて特別在留許可を与えなかつたことが裁量権の逸脱ないし濫用である旨の申立人らの主張は明らかに失当であるとはいえないうえ、本案訴訟において右主張が認められる余地が全くないわけではないから「本案について理由がないとみえる」と断定することはできない』(傍点は抗告人)と判示するが、右判示は、行訴法二五条三項所定の「本案について理由がないとみえるとき」との要件をことさら厳格に解し、単に申立人らの主張が認められる余地の極めて稀薄な可能性を否定できないことを示すにすぎず、本案の理由の有無についての自らの判断を回避しているのであつて、前述した法務大臣の特在許可の自由裁量権の範囲等に関する適正な解釈に著しくもとり、かつ同法二五条一項が規定する「執行不停止の原則」にも反する不当な判断というべきであつて、法の到底許容し得ないものである(なお、右行訴法二五条三項所定の要件該当性につき適正に判断した裁判例として疎乙第五〇ないし五五号証参照)。
6 以上のとおり、本件特在許可付与に関する法務大臣の裁量権の行使には何らそれを濫用し、その範囲を逸脱したとの違法は存しないことは明白であるから、本件執行停止申立ては「本案について理由がないとみえるとき」に当たるものとして却下されるべきであり、これについて誤つた判断をした原決定は取消されなければならない。
二 原決定は、退令に基づく強制送還部分の執行により、被抗告人らにとつて回復困難な損害が生じ、それを避けるために緊急の必要性があると判示しているが、右判断は、以下に述べるとおり行訴法二五条二項の解釈を誤り、かつ、被抗告人らの不利益を過大に評価した誤りがあり、失当であるというべきである。
原決定は、強制送還が実施されると、「本案訴訟における訴の利益が消滅して本案訴訟による救済を受けられないおそれが生じるし、また、仮に申立人らが本案訴訟で勝訴しても、申立人らが本邦在留の状態に戻ることができるか否かも明らかでない」として、被抗告人らに回復困難な損害及びその損害を避けるための緊急の必要があると認めている。
しかしながら、この点に関しては、原審における意見書で述べたとおり、被抗告人らには訴訟代理人が選任されているのであるから、被抗告人らが本国に送還されたとしても本案訴訟を維持することは可能である。また、被抗告人らが本案訴訟に勝訴しその判決が確定すれば、韓国旅券を取得した上で本邦へ入国するには何らの支障もなく、被抗告人らから在韓日本大使館等で当該判決謄本を添え本邦入国の申請があれば適正な入国査証を発給する上でそのことは十二分に考慮されるのである。
さらに、この点につき、最高裁判所第三小法廷昭和五二年三月一〇日決定・判例時報八五二号五三ページは、「抗告人が本国に強制送還され、わが国に在留しなくなれば、みずから訴訟を追行することは困難となるを免れないことになるが訴訟代理人によつて訴訟を追行することは可能であり、また訴訟の進行上当事者尋問などのため抗告人が直接法廷に出頭することが必要となつた場合には、その時点において、所定の手続により、改めてわが国への上陸が認められないわけではないのである。」とし、さらに、最高裁昭和五五年五月三〇日判決・訟務月報二六巻九号一六〇二ページは、「原審の適法に確定した事実関係の下において、上告人ジャガット・ナラヤン・ジャスワル、同ラダ・ラニ・ジャスワルは本邦外へ退去後も訴訟代理人によつて訴訟を追行することは可能であり、また自ら出廷を要する場合にはその時点で所定の手続により改めて本邦に入ることを認められないわけではないから右上告人両名が被上告人法務大臣の在留期間更新不許可処分によつて本邦外に退去したとしても、これによつてただちにわが国の裁判所において裁判を受ける権利を失うとはいえないとした原審の判断は、正当として是認することができる。」とし、いずれも、強制送還の実施が、本案訴訟の訴えの利益を消滅させるとか被抗告人らの本案訴訟勝訴後、本邦在留の状態に戻れないとはしていないのである。
したがつて、原決定が被抗告人らが本国へ送還されることにより、訴えの利益が喪失すると判断したことは誤りでありまた、本邦在留の状態が復帰しないとしたことも誤りである。
なお、原決定のように申立人らが韓国に送還されること自体が、行訴法二五条二項の「回復困難な損害を避けるため緊急の必要がある」とする解釈は、退令被発付者が、取消訴訟等の提起と共に執行停止の申立てさえすれば、その本案訴訟が訴訟要件を欠くなどして却下される場合を除き、ほとんどの場合、送還部分の執行停止を決定しなければならないこととなり、結果的に執行停止の申立てをすることに執行停止の効力を認めたのと同様になつて行訴法二五条一項が規定する「執行不停止の原則」に反するものであり、法の到底許容するところではない。
さらに付言するに、本件のような退令発付処分の違法を争う入管関係の訴訟においては、この執行停止制度が当該外国人の違法な本邦在留状態を少しでも引き延ばすための手段として利用されるのが一般である。すなわち、退令発付処分を受けた外国人は、当該処分に対する抗告訴訟を提起し(その理由としては、退去強制事由に該当する事実の存在することを認めた上で、在留特別許可に関する法務大臣の自由裁量権の行使の違法をいうのがほとんどである。)、退令の執行が実施されるとみるや退令の執行停止を申し立て、その執行停止を得ることにその目的を置いているのである。そして、いつたん、その執行停止決定を受ければ、以後は本案判決を引き延ばし退令発付時とは比較にならないほど退令の執行が困難になるような状態を築きあげ、最終的に本案訴訟が抗告人の勝訴に終わっても裁判中に築いた生活状態を理由に退令の執行を困難ならしめるのである。
本件においても、被抗告人らが、執行停止制度を、右に述べたように、違法な本邦在留状態の引延しの手段として利用していることは明らかである。
しかも、本件は、不法入国の事実について争いのない事案であることにもかんがみると、原判決のような送還部分の執行停止の裁判は、それ自体、被抗告人らの本邦への居座りを助長するものであり、ひいては同種事案における不法入国の誘発、助長をさせることにもつながり、入国管理行政に多大な支障を生じさせるものであつて許されないのであり、以上の諸事情を考慮するとき、本件強制送還の実施が被抗告人らに回復困難な損害及びその損害を避けるための緊急の必要がある場合に当たるとは到底認められず、これを容認した原決定が誤つていることは明白である。
三 さらに、原決定は、「本件退去強制令書の送還部分の執行を停止することによつて、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあると認めるに足りる疎明がない」としているが、右判断も以下に述べるとおり誤りである。
1 退令に基づく送還につき、執行停止がなされると、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあることは、すでに意見書第五において述べたとおりであるところ、更に次のとおり右意見を補充する。
すなわち、被抗告人らはその本国である韓国への送還が一応予定されており、右送還については、韓国領事による被抗告人らとの面接、それに続いて韓国政府とわが国との折衝を経てなされるものであるが、このように、日韓両国間で、送還折衝が予定されている段階で、訴え提起及び執行停止申立てがなされた場合に、原決定のように安易に執行停止を認め送還を不可能にすることは、入国管理行政を著しく停滞せしめると同時に、今後の送還交渉にも多大の支障を及ぼすことは明らかである。
すなわち、従来送還折衝の場において韓国政府は被退去強制者のすべてを引取つてきたわけではなく、相手国の引取り拒否に対してわが国のねばり強い折衝の結果、その実現を果たして来たという経緯が存するのであり、右経緯にかんがみ、裁判所が、安易に執行停止を認めた場合は、わが国の国際的信用が大きく損われ、これを契機に再び韓国政府が引取りを拒否することにもなりかねず、これは、単に個々の被退令発付者の送還が阻止されることにとどまらず、今後の送還交渉にも重大な支障を生ずるものであることは明らかといわなければならない。また、今後の同種事案における訴の幣害や外国人の強制送還に関して善良な納税者が多大の行政経費を負担させられていること等を併わせ考えるならば、執行停止決定がなされることが妥当でないことは顕著な事実であり、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあることは明らかであるといわなければならない。
四 以上のとおり、被抗告人らにつき退令の送還部分の執行を停止した原決定は全く失当であるから取消されるべきであり、右送還部分に関する本件執行停止申立ては却下されるべきである。
別紙(二) 意見書
(意見の趣旨)
本件執行停止の申立てを却下する
申立費用は申立人らの負担とする
との決定を求める。
(意見の理由)
本件執行停止の申立ては、行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)二五条二項及び三項の要件を欠き失当であるから、却下されるべきである。
以下この点につき、被申立人の意見を詳述する。
第一 申立人らの経歴について
(高棋奉)
一 申立人高棋奉(以下「申立人高」という。)は、昭和三〇年七月一四日韓国済州道西帰浦市月坪洞四三五番地において出生した韓国人である。
二 申立人高は、本籍地で出生後、江汀国民学校、西帰中学校を経て、昭和四九年二月五日西帰農業高等学校を卒業したが、同年三月ころ出稼ぎの目的をもつて、有効な旅券又は乗員手帳を所持することなく本邦に不法入国し、昭和五九年六月二八日右不法入国の事実を大阪入国管理局(以下「当局」という。)に申告するまでひそかに本邦に居住していたものである(疎乙第一号証、第三四ないし三六号証)。
三 申立人高は、右不法入国後、大阪市生野区居住の父の姉の長女の夫が経営する日興産業社において、ヘップ(下履き)加工工員として約三年間住み込みで稼働したが、その後大阪市生野区内にある大栄製作所で鉄工員として稼働したが、右鉄工員として稼働するうち、後述のごとく本邦に不法入国して潜在中であつた申立人金淑子と親しくなり、同五七年一月三一日結婚した(大阪市生野区長への婚姻届出は昭和五九年一二月一七日)。
(金淑子)
一 申立人金淑子(以下「申立人金」という。)は、昭和三五年二月二四日韓国済州道北済州郡朝天面威徳里一九四番地において、韓国に本籍を有する父金丁文、母金成日の間に出生した韓国人である。
二 申立人金は、同地の国民学校を卒業し家業の農業手伝いをしていたが、昭和四九年五月ころ本邦に在留する母の兄を頼り出稼ぎの目的をもつて有効な旅券又は乗員手帳を所持することなく本邦に不法入国し、昭和五九年六月二八日右不法入国の事実を当局に申告するまで、ひそかに本邦に居住していたものである(疎乙第二号証、第三七、三八号証)。
三 申立人金は、不法入国後東京在住の伯父(母の兄)方に四、五日身を寄せ、その後大阪市生野区内に居住する母の従姉の紹介により同区内で家事手伝い、ヘップ加工工員として働いているうち、前記のとおり申立人高と結婚した。
(高誠健、高在鐘)
申立人高誠健(以下「申立人誠健」という。)、同高在鐘(以下「申立人在鐘」という。)は、それぞれ昭和五八年一月一八日、同六〇年四月四日、大阪府東大阪市内において、申立人高と同金を父母として出生したが、いずれも在留資格取得の許可申請をすることなく、法定の期間を越えて本邦に不法に残留していたものである(疎乙第三九、四〇号証)。
第二 本件退去強制令書発付の経緯について
一 当局入国警備官は、申立人高、同金については出入国管理及び難民認定法(以下「法」という。)二四条一号に、申立人誠健、同在鐘(以下「申立人誠健ら」という。)については法二四条七号にそれぞれ該当する疑いがあるとして違反調査に着手し、調査の結果、昭和六〇年九月二五日右申立人らを当該各法条該当容疑者として、それぞれ当局入国審査官に引き渡した(疎乙第三ないし五号証、第三四号証)。
二 当局入国審査官は、申立人らの審査を行い、昭和六〇年一〇月八日、申立人高につき法二四条一号に該当する旨の、同年一〇月一一日、同金につき法二四条一号に該当する旨の、同誠健らにつきいずれも法二四条七号に該当する旨の認定をそれぞれ行つた(疎乙第六ないし一三号証)。
三 申立人らは、右認定に対し、いずれも当局特別審理官に口頭審理を請求したため、当局特別審理官は、右申立人らの口頭審理を行い、昭和六〇年一〇月二五日、申立人らについての入国審査官の各認定には、いずれも誤りがない旨判定し、同日、申立人らにそれぞれその旨を通知した(乙第一四ないし二一号証)。
四 申立人らは、右判定に対し、いずれも法務大臣に異議の申出をなしたが、法務大臣は、昭和六一年一月三〇日、右申立人らの異議の申出は理由がない旨裁決し(以下「本件裁決」という。)、その旨当局主任審査官に通知し、同主任審査官は、二月二〇日申立人らに本件裁決結果を告知するとともに退去強制令書(以下「退令」という。)を発付した(以下「本件発付処分」という。疎乙第二二ないし三三号証)。
五 当局入国警備官は、申立人らに対し、それぞれ右同日退令を執行し当局収容場に収容したが、当局主任審査官は、昭和六一年二月二一日、申立人金及び同誠健らに対し、帰国のための家事整理の必要性を考慮し仮放免を許可した。
当局入国警備官は、その後同月二七日仮放免期間満了に伴い、申立人金及び同誠健らを収容したが、申立人金から再び仮放免の願出がなされたので、当局主任審査官は、同月二八日、申立人金、同誠健らに対して仮放免を許可した。
なお、申立人高は同月二八日大村入国者収容所に移送され現在同所に収容中である。
第三 本件申立ては、本案について理由がないことが明らかであることについて
一 本件発付処分の適法性について
主任審査官による退令発付処分は、退去強制事由の存在を肯定した入国審査官の認定が確定した場合、すなわち、容疑者が認定に服し口頭審理を請求しなかつた場合(法四七条四項)、特別審理官が認定に誤りがない旨判定し、容疑者が当該判定に服し、異議の申出をしなかつた場合(法四八条八項)、あるいは法務大臣が異議の申出は理由がない旨裁決した場合のいずれかの場合になされるものであつて、これらの場合、主任審査官は必ず退令を発付しなければならず、そこには何ら裁量の余地は存しないのであるから、退令発付処分の性質は覊束処分であることが明らかである。
本件の場合は、前記第二記載のとおり、入国審査官による認定、特別審理官による判定及び法務大臣の裁決を経て主任審査官により適法に退令発付処分がなされたものであることは明らかであるから、そこには何らの違法はない。
二 本件裁決に裁量権の濫用、逸脱の違法がある旨の主張について
1 法五〇条所定の在留特別許可(以下、「特在許可」という。)を与えるか否かの判断は、法務大臣の自由裁量に属するものであり(最高裁昭和三二年六月一九日判決・刑集一一巻六号一六六三ページ、東京高裁昭和三二年一〇月三一日判決・行裁例集八巻一〇号一九三〇ページ、最高裁昭和三四年一一月一〇日判決・民集一三巻一二号一四九三ページ)、しかも、特在許可は、法務大臣が当該外国人の個人的事情のみならず、国際情勢、外交政策等の客観的事情を総合的に考慮したうえその責任において決定されるべき恩恵的措置であつて、その裁量の範囲は極めて広いものであり(前記東京高裁判決参照)、それゆえ法務大臣の右判断は十分尊重されてしかるべきものである。
このように法務大臣による特在許可の許否の裁量は、広範な自由裁量に属するものであるから、当該裁量が違法とされるのは、裁量権の濫用又はその範囲の逸脱がある場合に限られるものであり、かつ、前述のような特在許可の法的性質を考慮すると、右裁量権の濫用又はその範囲の逸脱があるとされる場合とは、特在許可を与えないとした判断が、事実の基礎を欠くか、又は右判断が社会通念上著しく妥当性を欠くことが明白である場合に限られるというべきである(最高裁昭和五三年一〇月四日判決・民集三二巻七号一二二二ページ・マクリーン最高裁判決参照)。
2 そこで、これを申立人らの個人的事情についてみるに、申立人らに関しては次のような事情があり、このことからすれば、右の限定的場合に当たるとは到底認められるものではない。
すなわち、
(一) 申立人高及び同金は、本国で出生、成育し教育も本国で受けるなど引続き本国内で生活を営んで来たものであつて、今回出稼ぎ目的で不法入国するまで本邦とは何らかかわりのなかつたものである。
(二) 申立人高及び同金は、本邦に不法入国し潜在居住中婚姻をなしたものであり、右申立人らの本邦における生活関係は、違法状態の上に積み重ねられてきたもので、右申立人らが送還により本邦での生活関係を維持し得なくなり、清算を余儀なくされるとしても、それらは当初から客観的に予定されていたものとして当然の結果であるし、右申立人らもこれを十分予見していたものであり、したがつて、仮に、右清算により申立人らにおいて不利益を被るとしても、それは同人らにおいて受忍すべきものである(疎乙第四一号証)。仮に申立人ら主張のとおり、「入国後は誠実に稼働し、経済的にも安定した生活が送れるようになつている」としても、そのことをもつて在留特別許可を与えるべき理由にはならないのである。
(三) 申立人らは本国においても生活可能である。すなわち、申立人高及び同金は、本邦不法入国前にそれぞれ二〇歳、及び一五歳に至るまで本国で居住、生活していた健康な青年男女であるし、それに加え本邦での潜在中における生活実績に照らせば申立人らはその本国で生活を維持することにさしたる困難は予想されない。
また、申立人高は、わが国に不法入国して以来ヘップ加工工員、鉄工員等として稼働し、預金も五〇〇万円程度を得るに至つている。
右金額は日韓両国の貨幣価値の相違を考えれば、相当な額に達するものであり、これを申立人らの生活維持の資本とすることもできるのであつて、韓国における一家四人の生活に当面何ら不安はないというべきである。
(四) 申立人高及び同金には申立人誠健らを除いて本邦にその扶養を必要とすべき係累は在住しておらず、むしろ本国には申立人高の母や姉・弟、申立人金の父・母、兄、妹、弟二名ら多数の親族が居住しているのであるから、申立人のみが本国で生活を維持できないとは考えられないところであり、また本国において、これらの者に対し必要な限り扶養の義務を尽くすべきである。
(五) 本件法務大臣裁決当時、申立人誠健は三歳の幼児、申立人在鐘は生後一〇ケ月の乳児であり、申立人高及び同金を父母とし、その扶養を受けている者であるから父・母とともに本国へ帰国することは当然である。申立人誠健ら乳幼児が仮に「日本人と全く同様の生活習慣を身につけ育つている」としても、それが申立人ら一家四人が本邦に在留しなくてはならない理由とは認められないことは明らかである。
(六) さらに、申立人らは、「申立人高及び同金は韓国での生活が著しく困難であつたため、やむなく本邦に在留する親族を頼つて入国した」のであつて、「密航に不法目的がない」ことも申立人らに有利な事情として考慮すべきである旨主張するようである。しかし、我が国への不法入国者は稼働目的をもつて不法入国する者であるのが通例であり、したがつてその目的に不法目的が無いことをもつて特に有利な事情として考慮すべき理由はない。
また、そもそも申立人の不法入国が生活苦のため止むを得ないものであつたとは到底考えられない。このことは、申立人高についてはその弟妹が、申立人金についてはその兄妹らがいずれも韓国内で居住生活していることからしても明らかである(疎乙第三五号証、第三七号証)。
また、仮に、韓国での生活が、本邦における生活より苦しいものであつたとしても、それを理由に、本邦定住が認められるものでもない。すなわち、我が国は、申立人らのような、出稼ぎのための外国人の入国を一切認めておらず、まして、定住、永住のための入国は認められないのであり、もし仮に韓国において申立人と同じような者が同じような在留活動を目的として本邦に入国申請しても、それは決して認められないのである。このような状況下において、申立人のような違法に本邦に入国した者に安易に特別在留を認めるとすれば、入国の公正な管理を著しく損うことになり、不法入国を助長することにもなりかねず、その場合、我が国の社会、経済に深刻な打撃を与えることが予想されるのである。
また、申立人らの稼動が、他方において日本人の稼働、雇傭の機会を奪つている可能性のあることも無視さるべきではないし(日本においても多くの失業者が存する)、前記申立人らの資産形成が日本居住による有形無形の利益を享受したことによるものであつて、申立人らの密入国及びその後の稼働が不法不当でないとは到底言い難いものである。
以上の事情を考慮すれば、申立人らに対し、特在許可を与えないとした法務大臣の裁量には、その判断の前提となつた事実関係にも明白な誤りはなく、かつ、その判断が社会通念上著しく妥当性を欠くことが明白であるとも到底いえないのであるから、何ら裁量権を濫用し、その範囲を逸脱したものといえない。
また、申立人らのような不法入国者の在留を認めないことは、後を絶たない不法入国の抑止的効果を含め出入国の公正な管理を図るという法一条の目的からしても適法な処分であることは、疑う余地がないといわねばならない。
三 世界人権宣言、市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下、「国際人権規約」という。)等の国際法規に違反する旨の主張について
右のうち「人権に関する世界宣言」は、その前文が示すごとく、「全ての人類と全ての国とが達成すべき共通の基準として」布告されたものであるから、それ事態が国際法規範としての拘束力を有するものではない。また、これは、勧告以上のものでもなく、あくまでも道義の次元のものであることは最高裁判所の判決を始め多数の裁判所の示すところである(最高裁昭和五五年一月二四日判決、疎乙第四三号証)。
次に、国際人権規約については、その九条は、何人も恣意的に逮捕又は抑留されないこと、すなわち、法律で定める理由及び手続によつてのみ身体の自由を奪われること、また、一三条は、外国人は、法律に基づいて行われた決定によつてのみ追放されることをそれぞれ中核として定めた手続規定であるところ、申立人らが主張するように、一定の事情の存在を前提として外国人の追放を禁ずるというような実体的規定でないことは明らかである。しかして、本件裁決及び本件発付処分が、法律に基づく手続に依頼してなされたものであることは前記第二で述べたところからも、また疎明資料からも明らかであるから、申立人らの国際法違反に関する主張は理由がないものである。
憲法前文、同一三条及び同三一条に違反する旨の主張について
憲法前文は、国政の指針とすべき一定の理念を定めたものと解することが相当であり、そこには裁判規範性を認めることはできない(札幌高裁昭和五一年八月五日判決・行裁例集二七巻八号一一七五ページ)とされている。
次に、申立人らのような事情にある不法入国者を退去強制することが直ちに「個人の尊厳」に反すると言えるものでないことも明らかであつて、本件裁決は憲法一三条にも違反しない。
また、本件裁決が法律の定める手続に則りなされたものであることは既に明らかにしたとおりであつて、何ら違法はない。申立人らは、本件裁決等の手続が合理的な理由を示さずに行われたとし、憲法三一条に違反する旨主張するが、本件手続は、申立人らが不法入国及び不法残留した者であるという明確な事実を挙示してなされたものであることは、これまでに被申立人が提出した資料により明らかであり、何ら違法なところはない。仮に、右主張が法五〇条所定の特在許可が付与されなかつたことに関するものであるとしても、前述のとおり同許可の許否の判断は法務大臣の広範な自由裁量に属するものであるから、その判断の理由は、特にこれを示すべきであるとする法律の規定がない以上何ら示す必要はなく、憲法の右規定もこの結論を左右するものではない(東京高裁昭和五四年一月三〇日判決、疎乙第四二号証)。
以上のとおり、申立人らの憲法違反に関する主張も全く理由のないものである。
四 行政先例違反、平等原則違反の主張について
申立人らは、本件裁決等の取消を求める本案訴訟の訴状において、本件裁決等は、過去の行政先例に照らして、憲法一四条、国際人権規約B規約二六条の平等原則に違反する旨主張する。
しかし、特在許可の許否の裁量においては、前述のとおり当該外国人の個人的事情及び公益にかかる国内事情並びに国益にかかるその時々における外交関係などの客観的事情が総合的に考慮されているのであるから、そこにおいては特定の事案と対比し得る行政先例の存在成立する余地は全く無い(最高裁昭和五五年一〇月二三日判決、疎乙第四四号証)。ちなみに、申立人らのいう夫婦とも不法入国した者で長期間本邦に在留して生活の基礎が確立している者たちといつても、その入国時期、動機、方法の一つをとつてみても画一的でなくその個人的事情においてはまさに千差万別であることから本件同様法務大臣の特在許可を付与しない処分を争つた事案においても、現に申立人らのいうような行政実態、行政先例など全く存在しないものであるとしていずれも法務大臣の処分を適法としているものである(疎乙第四七、四八号証)。
仮に、申立人ら主張のような行政先例なるものを想定したとしても、先例と相違することをもつて、直ちに裁量権の濫用ないし逸脱があるといえるものではなく(東京高裁昭和五四年一月三〇日判決、疎乙第四二号証参照)、よつて、申立人らの主張は失当である。
第四 回復困難な損害を避けるための緊急の必要性の存しないことについて
一 申立人らは、退令を執行されると本案訴訟の追行が困難になり、本案訴訟に勝訴してもその目的を達しえなくなる旨主張する。
しかし、既述のとおり申立人らの提起した本案訴訟はその理由のないことが明らかであり、しかも、該本案訴訟には訴訟代理人が選任されており、国際電話等の利用も可能であるから、訴訟追行に何ら支障はないというべきである。また、退令の執行により申立人らが韓国に送還されたとしても、その後、仮に申立人らが本案訴訟に勝訴したときは旅券等を所持して本邦に正規入国することは可能であり、その場合においては、法五条一項九号後段の適用を免れるうえ、本邦での在留が容認されるのであるから、退令の執行が本案訴訟の訴えの利益を消滅させるものではなく、申立人らの主張は失当である。
二 申立人らは申立人高が大村入国者収容所に収容されている現状においては妻子の生活が危機に瀕しており、このまま収容が継続されると一家の生活基盤に回復困難な損害を生じる虞れがある旨主張する。
1 しかし、退令を発付された外国人は、その者の本邦における在留を否定するという国家意思が、既に確定した者たちであり、帰国することを当然に予定された法的立場にある者たちであるから、申立人金及びその子らの仮放免についても、その者らの帰国を当然の前提として、帰国するまでの間、例外的に家事整理等を考慮して仮放免しているのであつて、本邦での生活を継続させ在留を認めるために行つているのではなく、密入国によつて不法に形成した生活基盤をそのまま維持させるのが当然であるかの如き申立人らの主張はその前提自体が誤まりである。
また、申立人金は申立人高とは別に自宅でヘップ加工の内職に従事し月七〜一〇万円の収入を得ているのであるから申立人高の収容により直ちに申立人金ら家族の生活が危機に陥るとは言えず、加えて、申立人金及びその子らの仮放免にあたつては、申立人高の雇傭主である鄭安男から身元一切を引受ける旨の身元保証書(疎乙第四五号証)が提出されているのであるから、申立人高の収容により、その余の申立人らの生活に若干の不便が生じたとしても右身元保証人の援助が期待されるのであり、このことからしても、回復困難な損害が生じるとは到底言うことができない。
2 また、収容部分の執行停止を認めること自体が、以下に述べるとおり誤りである。
(一) まず、ここで指摘すべきことは、退令に基づく収容(以下「退令収容」という。)(法五二条五項)の目的が単に強制送還のための身柄の確保をはかることのみにあるのではなく、退令発付によつて本邦在留の法的根拠(在留資格)を有しないことが確定した外国人を隔離し、その在留活動を禁止することにもあるということである(疎乙第四九号証)。
そもそも本邦において在留活動を認められる外国人は、出入国港において法の定める上陸の手続を行い、入国審査官等により在留資格及び在留資格に対応する在留期間を付与されるが、上陸の手続を経ることなく本邦に在留することとなる外国人は、法務大臣に対し在留資格の取得の申請をして在留資格及び在留期間を付与されるか、あるいは法第五章に定められた一連の退去強制手続を受けた後、法務大臣により在留を特別に許可された場合に限られるのである。右許可にあたつては、外国人に許容される活動範囲を限定するため、在留資格が決定、付与され(法九条三項、四条)外国人は与えられた在留資格に属する活動のみが許され、それ以外の活動に従事しようとするときは、予め在留資格変更許可(法二〇条)、あるいは資格外活動許可(法一九条二項)を受けなければならず、また、定められた在留期間を越えて引続き在留しようとするときには、その在留期間満了前に在留期間更新許可を受けなければならない(法二一条)。右のような許可を受けることなく在留資格以外の活動に従事し、あるいは、その在留期限を越えて在留すれば処罰され、又は、退去強制の対象となるのである(法二四条四号イ及びロ、法七〇条四号及び五号、七三条等)。
したがつて、退令を発付された外国人は、すみやかに法所定の送還先に送還されることになるが(法五二条三項)、送還部分に限つた執行停止決定がなされたり、被送還者受入国の都合等により当該外国人を直ちに本邦外に送還することができないときに限り送還可能のときまで、その者を入国者収容所等に収容することとなつているのである(法五二条五項)。そして、右収容者らからの請求又は職権により仮放免が許可されるばあい(法五四条)があるとしても、その場合には金三〇〇万円を越えない範囲内の額の保証金を納付させ、かつ、住居及び行動範囲の制限、呼出しに対する出頭の義務その他必要と認める条件が付せられるのであつて、結局のところ本邦での在留活動は制限的に認められるにすぎないのである。
法律上外国人に対しこのような厳重な在留規制を行つているにもかかわらず、退令被発付者からの退令執行停止の申立てに対し、その収容部分までの執行停止を認めることは、法による規制から全面的に開放することを意味し、本邦での規制のない在留を認めることとなるのである。すなわち、収容部分までも執行停止した場合には、たとえ申立人らに逃亡のおそれが生じたとしても同人らを収容しその身柄を確保することはできず、仮放免の場合のように、住居を指定し、誓約書を提出させ、保証金を納入させ、仮放免期間を区切り、出頭義務を課すこと等により申立人らの所在を当局が確認することすらできないのであつて、いわば、申立人らを何らの制約を受けることなく野放し状態で在留を継続させることになり、同人らの逃亡防止を担保する手段が一切なくなるのであり、このような状況が到底容認し得るものでないことは明らかである。
(二) ところで、前記のとおり、外国人の入国及び在留を許可するかどうか、許可する場合でもいかなる条件で許可するかは国家固有の権能に属し、特に条約で取決めのないかぎり国家はこれを自由に決することができるというのが国際法上の大原則であるが、その許否のための手続は、法律により厳格に規定されている。これは、一旦外国人の入国、在留を許可すれば、在留資格、在留期間による規制を受けるとはいえ、通常予想される日常活動はもちろんのこと、財産の取得、契約の締結等により事実上及び法律上の関係をわが国の国民を含む第三者と結び、日々その関係を深め発展させて行くのであるから、外国人一人の入国と言えどもその本邦社会への影響は軽視すべからざるものがあるからであり、国(行政機関)は常に重大な責任を国民に対し負つているのである。
(三) しかるに、退令に基づく執行のうち、その収容部分までをも行訴法二五条二項により停止することは、法による外国人在留管理行政の根幹たる在留資格制度を混乱させるものであつて、正に行訴法二五条の定める執行停止制度の濫用となるものというべきである。
すなわち、行訴法二五条一項は、まず「執行不停止の原則」を掲げ、同条二項、三項において例外的に執行を停止しうることを規定しているが、これはあくまでも申立人らが現在保有している権利・利益の保全のため暫定的措置として認められているものである。
したがつて、行政処分の執行を停止する場合には、正当な権利・利益の暫定的保全という目的達成のため必要最小限の範囲に止めるべきであり、その範囲を越え結果として新たな行政処分がなされたと同一の状態を招来し、被処分者に対して新たなる利益の保持を可能ならしめるような執行停止は、その濫用になるといわねばならず、ひいては司法が行政権限を代行したと評し得ることともなり、「三権分立の原則」にも反することとなるのである。
退令収容の執行停止は、前述のように被退令発付者たる申立人らに対し、相当長期間にわたる本邦在留を可能ならしめ、しかも前述の入国審査官等による上陸許可、法務大臣による在留資格取得許可あるいは特在許可が与えられないまま、あたかも不法入国し、違法に在留していた状態と何ら変らない状態を作り出すものである。したがつて、その場合法七条一項各号所定の上陸許可の条件は何ら考慮されず、また法二二条の二第三項において準用する法二〇条三項にいう在留資格の変更を適当と認めるに足りる相当の理由があるか否かの判断並びに当該在留資格に属する者の行うべき活動に係る行政の所管大臣との協議もなされず、さらには、法五〇条により法務大臣が特在許可を与える場合考慮される国際情勢国内政策その他主観的、客観的事情についての判断もなされないまま、不法入国者を日本社会の中に放免する結果となるのである。
法律による厳格な手続きを経た後、初めて許される外国人の本邦在留(それも在留資格、在留期間による制約がある。)が、司法機関により、手続的には略式の保全訴訟手続を定めた行訴法の執行停止制度により簡単に、しかも正規に入国あるいは在留を許可された者よりも格段に有利な条件(正規に在留している外国人が本邦在留するにつき種種の規制を受けているのに比して何らの規制も受けることなく日本国民と何ら変らない活動をすることが、あたかも公認されたような状態)によつて許容され得ることは法制度上からも許されるべきではない。
以上のとおり、本件退令収容部分まで執行停止をすることは、行訴法上の執行停止制度の趣旨に反し、その濫用となるものであることは明らかである。
三 申立人金、同誠健及び同在鐘について、本件各退令に基づく収容部分の執行を停止すべき緊急の必要性がないことについて
申立人金、同誠健及び同在鐘について、本件各退令に基づく送還部分の執行が停止されるべきでないことは前記のところから明らかであるが、仮に、万歩譲つて右送還部分の執行が停止されることがあつたとしても、前記第二、五記載のごとく右申立人らに対し、仮放免が許可されているものであるところ、右送還部分の執行が停止される以上、右仮放免の許可はその理由が存続する限り継続されることが見込まれるのであるから、申立人金、同誠健及び同在鐘に本件各令書に基づく収容部分の執行を停止すべき緊急の必要性はないというべきである(大阪高裁昭和五〇年八月二八日決定訟務月報二一巻一〇号二〇八四ページ)。
第五 退令の執行を停止することが公共の福祉へ重大な影響を及ぼすおそれがあることについて
一 退去強制の実施については、被退去強制者を速やかに所定の送還先に送還し、もつて我が国社会にとつて好ましくない外国人を排除するという目的を達するため、その時期、方法等について高度の政治的判断、応変の措置等が必要とされるのであり、退令の発付を受けた者が抗告訴訟を提起し、あわせて退令の執行停止を申し立てた場合、単に本案訴訟の提起、係属を理由に安易に退令に基づく送還停止を認めるとすれば、本案訴訟の係属している期間中、このような不法入国者の送還を長期にわたり、不可能とすることになり、出入国管理行政を長期間停滞させるとともにはなはだしい打撃を与えているばかりか、送還先の国(本件の場合は申立人高及び同金が密出国した韓国)の受け入れ準備を無意味ならしめ、同様に長期にわたる受け入れ体制を強いることになり、日本国の国際上の信用を著しく損なうものであつて到底容認し得ないものである。
二 前記のとおり、退令を発付された者は、その執行を受け収容されることになるが(法五二条五項)、この退令収容の目的は単に送還のための身柄の確保のみならず、被退去強制者を隔離してその在留活動を禁止することにある(東京高裁昭和五二年一二月一三日決定疎乙第四六号証)。
一方、退令を発付された外国人は、退令収容された場合でも収容を継続することが妥当性を欠くなどの事態に至つた場合には、住居及び行動範囲の制限、呼出しに対する出頭の義務、その他必要と認める条件を付し、更に三〇〇万円以内の保証金を納付させ、保証人を立てさせる等して在留活動を制限し例外的措置として期限を区切つて仮放免をなすことができることとなつている(法五四条二項)。
しかるところ、仮に退令発付された申立人らに対して、送還部分のみならず収容部分までその執行を停止することになれば正式に入国し適法に在留する外国人が法による規制を受けるのに比し、違法な入国、不法に在留する者らが法の定める何らの規制を受けることなく全くの放任状態のまま司法機関によつて公認された形で在留させる結果になるのである。
このことは、裁判所が行政処分に積極的に干渉して仮の地位を定める結果を招来し、行訴法四四条の趣旨に反し三権分立の建前にも反するものであるばかりか法の定める外国人管理の基本的支柱たる在留資格制度を著しく混乱させるものであり、仮放免許可と異なり申立人らを何等の規制を受けることなく野放し状態で在留させることとなるのである。
また、収容部分までの執行を停止するとすれば、申立人らの仮放免中、保証金を納入させる等の逃亡防止を担保するいつさいの手段がなくなり、逃亡により退去強制令書の執行を不能にする事態も当然考えられるのであり、このような事態は本件同様、不法入国する者を誘発、助長するものであつて、公共の福祉に重大な影響を及ぼすものである。
第六 以上のとおり、申立人らの本件申立は、いずれも執行停止の各要件を欠くものであるから、貴裁判所におかれては速やかに本件申立を却下されるよう意見を申し述べる次第である。
別紙(三) 意見書
第一 行政事件訴訟法(以下「行訴法」という)二五条三項後段の要件について
抗告人は、本件執行停止申立てが「本案について理由がないとみえるとき」に該ると主張するので、まずこの点につき反論する。
一 抗告人は、行訴法二五条三項後段の要件に関する原決定の判断は、右要件をことさら厳格に解するものであつて、そのため本案の理由の有無についての自らの判断を回避する結果となつていると主張して、原決定を非難する。
しかし、行政処分の執行停止は本案において結論が出るまでの間、暫定的に被処分者に対し従前の地位を継続させるだけのものであり、いわば仮の権利保護措置にすぎないのであるから、本案の理由の不存在についてはこれを厳格に解するのが当然であつて、理由のないことが一見して明らかである場合以外は申立てを認容してよいし、また認容すべきなのである。けだし、本案における理由の有無は、まさに本案において慎重に審理、判断されるべき問題にほかならず、執行停止の段階にあっては、理由のないことが一見明白な場合に例外的に申立てが却下されるべき消極要件にすぎないからである。因に、裁判例も同旨の見解を示しており、本件と同じ退去強制処分執行停止決定に対する即時抗告事件において、福岡高裁は次のように判示している。
「行政処分の執行停止は、『本案について理由がないとみえるときは、することができない』旨規定されているが、同法条の規定の仕方より考えるときは、右は、執行停止の消極的要件であつて、本案について理由のあることを申請人において積極的に疎明することを要求しているものではない。したがつて、申請人の主張自体からみて、明らかに理由がないとみえるとき、または被申請人において係争処分が適法要件を具備し、何らの瑕疵もないことを疎明しない限り、申請人の主張自体から判断して理由があるとみえるときは、右消極的要件には該当しないと認めるのが相当であるところ、本件において申請人が本案において主張するところが、その主張自体からして明らかに理由がないとはいえないし、また、その係争処分が適法であつて全く瑕疵のないことにつき、被申請人の疎明あつたとも認められないので、本件においては『本案について理由がないとみえる』と断定することはできず、この点についての抗告人の主張は理由がない。」(同高裁決定昭四四・六・三行集二〇・一〇・一一七七)
更に、他の行政処分と異つて、退去強制処分は身柄の追放を内容とするものであるから、もし執行停止が認められず送還が実施されてしまうと、本案における訴えの利益は原則としてなくなるであろうし、たとえそうでないとしても外国からでは訴訟追行が著しく困難となり、事実上申立人から裁判を受ける権利を奪う結果となるという事態を直視するならば、本案の理由なしと断定することは極めて慎重でなければならないといえるのである。次に引用する決定はまさにこの点を直正面から衝いて、執行停止決定を出しているのである。
「強制送還されることになれば、申立人の提起した本案訴訟がその目的を達しえなくなり、裁判を受ける権利が実質的に侵害され、回復の困難な損害を被ることは明白である。そして右のような結果の招来を避けるためには、少なくとも強制送還部分の執行を停止すべき緊急の必要性があることはいうまでもないから、このような場合、請求の理由について判断するまでもなく強制送還部分の執行の停止を許すべきであり、かく解することが憲法三二条の趣旨にも合致するといわなければならない。」(大阪地決昭四九・一二・一二ジュリ五八七・三、同旨大阪地決昭四九・五・二八判時七五九・三六)
このようにみてくると、「本案について理由がないとみるとき」の要件に関する原決定の解釈態度は極めて正当であるというべきである。
二 そこで次に、相手方らの本案訴訟が一見して明らかに「理由がないとみえるとき」に該るか否かにつき検討する。
抗告人は、本案訴訟における申立人らの主張に対し、出入国管理及び難民認定法(以下、単に「法」という)五〇条所定の特別在留許可(以下「特在許可」という)を与えるか否かの判断は法務大臣の自由裁量に属し、しかも右裁量の範囲は極めて広汎にわたり、且つ他の行政処分とは異つて恩恵的措置としての性格をも有するとの観点に立つて、法務大臣が申立人らに特在許可を与えなかつたとしても、それは右裁量権の範囲内であることが明らかであると主張する。
しかし、いかに特在許可が法務大臣の自由裁量事項であるといつても、全く無制約というものではありえない。右裁量権の行使いかんによつて、当該外国人にとっては在留が認められるか、それとも国外に追放されるかの死命が決せられるという重大な結果をもたらすのであるから、法務大臣の裁量に公正妥当さが要求されるのはいうまでもないことであり、そのためには必ず一定の客観的な基準に従つて右裁量権が行使されてきたはずである。山下薫判事はこの点につき次のように延べて、実に適切な指摘をしている。
「しかしながら、行訴法三〇条の趣旨をまつまでもなく、今や単なる恩恵的措置というような法の運用では、もはや、管理令一条にいう出入国の『公正な』管理という法の目的にそうことができないのではあるまいか。本来、自由裁量の範囲が広くなればなるほど、公正と相容れない面の生ずることは経験の教えるところであり、また何が公正な管理かの問題は、行政だけが独占しうるものではない。入管行政の実務において、特在許可の行政実例が集積されつつある以上、これらの実例は、行政庁の判断を規制する基準として司法判断の対象となりつつあるといえるのではなかろうか。」(同判事「東京地裁行政部における行政処分執行停止制度運用の現況について(1)」判時六一一・八)
右基準の具体的内容については、入国管理当局が確実に集積されているはずの行政実例を全く公表しようとしないので、推測の域を出ないのが現状ではあるが、少なくとも本書末尾に添付した別表(『出入国管理統計年報』昭和四九年版ないし同五七年版の「在留に関する異議申出の受理及び処理人員」から、異議申出に対する特在許可と退去強制令書発付の数を抜き出したもの)から次のことを窺い知ることができる。
まず、別表から各年度別の処理人員合計数をみると、昭和四八年の八七七件から同五一年の一二三三件までは漸増し、以後同五二年一〇二八件から同五六年五〇四件へと漸減している。次に処理数のうち、特在許可のなされた比率は、低い年で六六・四%(昭和五二年)、高い年で八二・三%(同五六年)の範囲であり、ほぼ毎年七割以上の異議申出者に特在許可がなされていることになる。右比率を、韓国・朝鮮籍の不法入国・上陸者の場合に限定してみても、六七・七%(昭和五四年)から七九・〇%(同五六年)の高率となつているのである。しかも、右数字には、別表で外数として記載してある再審嘆願によって退去強制令が取消され特在許可がなされた件数を含んでいないのであるから、実際に許可が与えられる比率はもつと高まるはずである。
このように、異議申出者に対する法務大臣の裁決は、毎年五〇〇ないし一二〇〇件という多数にのぼり、そのうち七割以上の者に特在許可が与えられているという実態をみれば、特在許可は決して恩恵的、例外的措置ではなく、むしろ許可を与えないことにこそ特段の事情が存しなければならないと言つても過言ではないのである。
相手方らは、本案訴訟において、入国管理当局に対する求釈明等の手段によつて、特在許可の具体的基準を立証していく所存であるが、右分析結果からも容易に推測されるように、許可基準は勿論存在するはずであり、そして、その内容はさほど厳格なものではないと思料されるのである。そうすると、法務大臣が相手方らに特在許可を与えず本件裁決をしたことが、右基準を逸脱するものでないとは速断できないのであるから、本件執行停止申立てが一見して明らかに「本案について理由がないとみえるとき」に該るとはとうていいえず、抗告人の主張は理由がない。
三 以上のことから、行訴法二五条三項後段についての原決定の解釈及び本件への適用判断には何らの誤りもなく、抗告人の主張は排斥されるべきである。
第二 行訴法二五条二項本文の要件について
抗告人は、本件強制送還の実施が相手方らに回復困難な損害及びその損害を避けるための緊急の必要があるばあいに該るとは認められないと主張するので、次にこの点につき反論する。
一 右要件に関する原決定の判断に対し、抗告人は、強制送還が実施されても本案訴訟の訴えの利益は消滅せず、相手方らが本案で勝訴すれば本邦在留の状態に戻れないことはないと主張して、これを非難する。
しかし、退去強制令書の執行がなされると、その効力は終了するから、効力がなくなつた後にもなお回復すべき法律上の利益がある場合でなければ、取消しの訴えは訴えの利益を欠くことになる(行訴法九条)。では、右の法律上の利益はいかなる場合にあるといえるかであるが、法五条一項九号によると、法二四条各号(四号オからヨまでを除く)の一に該当して本邦から退去を強制された者で退去した日から一年を経過しない外国人は、本邦に上陸できないこととなるから、右一年内の上陸障害を除去する必要がある限りにおいて、訴え提起の法律上の利益があるということになろう(同旨東京地判昭三八・五・二九行集一四・五・一一一七)。ところが、法五条一項九号の上陸障害が訴えの利益になるとはいつても、本案訴訟の確定判決を退去の日から一年内に得ることは実際上不可能といつてよいから、訴訟中に一年が経過して、その時点で訴えの利益が消滅することになりかねないのである。
また、たとえ本件において訴えの利益が認められたとしても、送還が実施されると訴訟追行が著しく困難になることは、分別のある者なら誰でも容易に予想のつく事柄である。この点、抗告人は、訴訟代理人と国際電話で打合せすればよいと暴言を吐いているのであるが、何をか言わんやである。
更に、なんとか一年内に勝訴判決を得てそれが確定したとしても(机上の空論でしかないが!)、相手方らが本邦に入国できる保障はどこにも存在しないのである。
結局抗告人の右主張は詭弁というほかない。
二 次に、抗告人は、原決定のように相手方らが送還されること自体が回復困難な損害を避けるため緊急の必要がある場合に該るとする解釈は、行訴法二五条一項が規定する執行不停止の原則に反するものであると主張するのであるが、そもそも原決定が右のような解釈態度をとつているといえるかどうかはさておくとしても、退去強制処分に対する執行停止の裁判においては、既述のごとく、被処分者の裁判を受ける権利を実質的に保障するため、行訴法上の執行不停止原則を逆転させる解釈論上の努力がなされてしかるべきである(通説)。
三 以上のことから、行訴法二五条二項本文の要件に関する原決定の判断も極めて正当であつて、抗告人の主張は排斥されるべきである。
第三 行訴法二五条三項前段の要件について
抗告人は、本件執行が停止されると、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあると主張するのであるが、その理由とするところに対しては、次の裁判例によって反論が尽くされている。
「ある行政処分の執行が停止されれば、それにより予定された国の行政が一時阻止されることになるから、その意味においては執行停止は行政をみだすといえなくはないが、このことは行政処分の執行停止のすべてに通じて言えることであって、もとより出入国管理行政にのみ限ることではないのみならず、法が執行停止の制度を設けたのは、右の意味において国の行政がみだされることは、個人の権利保護上やむなしとしたからにほかならない。のみならず、本件の執行停止は、相手方の送還、収容を停止するだけのことであつて、相手方に対し在留資格がないのに在留を許可する性質を有するものではない。相手方が本邦に在留しうるのは、送還、収容が停止されることの反射的効果として生ずる事実上の結果にすぎないことは多言を要しない。それゆえ、相手方という一個人の送還、収容が停止されるというだけの理由で、わが国の出入国管理行政の建前が著しくみだされるとは、とうてい考えられない。」(札幌高決昭四五・一二・二八行集二一・一一・一五〇八)
第四 結 語
以上みてきたとおり、抗告人の主張はいずれも失当であるから、本件抗告はすみやかに棄却されるべきである。
別表<省略>
別紙(四) 申立の趣旨
被申立人が昭和六一年二月二〇日付で申立人らに対して発付した退去強制令書に基づく各執行は、本案判決言渡しまで停止する。
との裁判を求める。
申立の理由
一、行政処分の執行と本案訴訟の提起
1 申立人らはいずれも韓国に国籍を有する外国人であつて、申立人高棋奉(以下「申立人棋奉」という。)と同金淑子(以下「申立人淑子」という。)とは夫婦であり、申立人高誠健(以下「申立人誠健」という。)と同高在鐘(以下「申立人在鐘」という。)とは右両名の子である。
2 申立人棋奉及び同淑子はいずれも有効な旅券を所持せずに本邦に入国し、その後婚姻して申立人誠健及び同在鐘の二子をもうけたところ、申立人らは昭和六一年二月二〇日付で被申立人から退去強制令書の発付処分を受け(以下「本件処分」という。)、その執行として、申立人棋奉は同年二月二八日以降大村入国者収容所に収容され、その余の申立人は右同日仮放免許可を受けて現在頭書住所地に居住しているが、いずれも近日中に韓国に強制送還される予定である。
3 申立人らは申立外法務大臣(以下「申立外大臣」という。)及び被申立人を被告として、本日御庁に対し、申立外大臣が昭和六一年一月三〇日付で申立人らに対してした出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)四九条一項に基づく異議申立を理由なしとする裁決(以下「本件裁決」という。)及び本件処分の各取消を求める訴えを提起した。
二、申立人らの経歴
1 申立人棋奉は、昭和三〇年七月一四日、韓国済州道南済州郡西帰浦市月坪洞四三五番地において、父亡高昌益、母呉丁悟の長男として出生し、父が戦傷により全盲であつたため母の手ひとつで育てられ、高等学校を卒業後、韓国国内に職を求めたがまともな就職先が見つからず、生活苦のためやむなく本邦に在留する伯母高昌花を頼つて昭和四九年三月ころ正規の手続を経ず本邦に入国し、しばらく右伯母方に同居して履物加工業に従事した後、昭和五二年三月ころより大阪市生野区内の鉄工会社大栄製作所に勤務し、その後右会社工場責任者となつて今日に至つている。
2 申立人淑子は、昭和三五年二月二四日、韓国済州道北済州郡朝天面咸徳里一九四番地において、父金丁文、母金成日の長女として出生し、小学校を卒業後、両親の意向に従って進学せず、しばらく家業の農業を手伝つていたが、生活が困難であつたため、両親の勧めにより本邦に在留する伯父金大京を頼つて昭和四九年五月ころ正規の手続を経ず本邦に入国し、遠縁に当る大阪市生野区在住の金順好の紹介で同区内の門田履物加工所に就職して、その後約七年間同所において履物加工業に従事した。
3 申立人棋奉と同淑子とは昭和五七年一月三一日結婚し(昭和五九年一二月一七日婚姻届出)、昭和五八年一月一八日長男の申立人誠健を、昭和六〇年四月四日二男の同在鐘をそれぞれもうけ、申立人棋奉が前記大栄製作所に勤務して家計を支えると共に同淑子も履物加工の内職をして家計を補助し、夫婦で協力して幸福な家庭を築いてきたが、子供たちの将来を考え自首を決意し、昭和五九年七月大阪入国管理局に出頭したものである。
4 申立人誠健及び同在鐘は前述のとおり申立人棋奉及び同淑子を両親として出生し、日本人と全く同じ生活環境のなかで成長してきている。
三、本件裁決及び本件処分の瑕疵
1 本件裁決及び本件処分は、本邦において長年に亘り築いてきた申立人ら一家の生活を根底から破壊し、申立人らを国外に追放せんとするものであつて、申立人らに測り知れない苦痛と損害を与えるものであるから、確立された国際法規というべき世界人権宣言九条及び国際人権規約B規約九条、一三条に違反し、更には憲法前文及び一三条に違反するのみならず、本件採決及び本件処分は申立人らに対して何ら納得のいく合理的な理由を示すことなくなされたものであるから、憲法三一条にも違反する。
2 前述のごとく、申立人棋奉及び同淑子は韓国での生活が著しく困難であつたため、やむなく本邦に在留する親族を頼つて入国したのであつて、密航に不法目的はなく、入国後は誠実に稼働し、経済的にも安定した生活が送れるようになつていること、申立人誠健及び同在鐘は日本人と全く同様の生活習慣を身につけ育つていること等に鑑みると、申立外大臣は申立人らに対し人道的見地から入管法五〇条一項所定の特別在留許可を付与すべきであつたにもかかわらず、これを付与せず本件裁決をしたものであるから、本件裁決には裁量権を濫用し、ないしこれを逸脱した違法がある。
四、回復困難な損害を生じる虞れ及び緊急の必要
1 申立人らはいつ韓国に強制送還されるか知れない状態にあるところ、もし送還の執行が行なわれると、事実上本案訴訟の追行が困難となり、たとえ本案で勝訴してもその目的を達しえなくなつて、回復困難な損害を生じる虞れがある。また、仮に送還の執行が停止されたとしても、一家の大黒柱である申立人棋奉が大村入国者収容所に収容されている現状においては、妻子の生活が危機に瀕しており、もしこのまま収容が継続されると一家の生活基盤に回復困難な損害を生じる虞れがある。
2 右のとおり申立人らに回復困難な損害を生じる虞れがある以上、その損害を避けるためには、強制送還及び収容の各執行を停止すべき緊急の必要が明らかに存する。
よつて、本申立に及ぶ。
別紙(五)<省略>